Share

最終話 恋するチューリップ《5》

Penulis: 砂原雑音
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-28 22:04:37

――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――

桜が咲いた。

東から吹く風はまだ肌にひんやりと冷たく、薄い生地のトレンチコートの裾を揺らした。

手の中では、赤いチューリップにハートカズラを覗かせた花束が私の歩く速度につられて小刻みに弾む。

駅から続く、ゆるい傾斜のこのバス通りを行くのは、一年ぶりだ。

緊張してドキドキして、怖いくらいなのにどうしても早足になってしまう。

専門学校に通い始めて、最初の一年はまだ良かった。

片山さんが居なくなって、新しいバイトの人が入って、店の空気も少し変わり少しずつ私の知らない空気が増えていくのは寂しかったけど。

それでも、夕方からの短い時間でも店に勤めていられるうちは、まだ『flowerparc』の一員だと思えていた。

だけど二年目からはやっぱりそんな余裕はなくなって、私はバイトを辞めその間一度もこの店には来なかった。

来れば、どうしても寂しくなるのはわかっていたし。

決心が揺らがない自信もなかったから。

この三月上旬、漸く専門学校を卒業して、本当はすぐにでも来たかったけれど……結局、今日。三月末になってしまった。

覚えていてくれるだろうか。

あの店に、私の居場所はまだあるだろうか。

考えれば考えるほどに不安になるけれど、一瀬さんに、見てもらいたい自分がいる。

大人になれたか、埋まらない年齢差の代わりに、埋められたものがあるかどうか。

自信があるとは、言えないけれど。

フローリストとしての勉強を、この二年精一杯やった。

結婚式場と契約している苑ちゃんの伝手だけれど、ウェディング用のアレンジの仕事も回してもらえると、昨日連絡があった。

一瀬さんに、話したいことがたくさんある。

全面ガラス張りの向こうはロールカーテンが降ろされていて、中の様子は見えにくい。

まだ開店前の時間帯だから、扉の前にかかっているプレートは当然『close』のままだ。

ちゃんと、連絡してから来るべきだったかも。

この扉にまだ鍵がかかっていたらどうしよう。

一瀬さんが、まだ店に降りていなかったらどうしよう。

他の店員さんが、もう来ていたらどうしよう。

だけど、私はずっと、再びこの店を訪れる時はこの時間だと、決めていた。

緊張で震える手で、扉を押した。

何かにつっかえることもなく、難なく開く扉の頭上でカウベルが鳴る。

店内からふ
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terbaru

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   afterstory オシロイバナの小心《1》

    恋をした。一世一代の大決心で告白をしたけれど貴方は返事をくれなかった。私から見て貴方はとても遠くに感じるくらい大人で貴方から見たら、きっと私はとても小さな存在だったのだろうと思うどんなに私が走っても年の差は埋まらないしそれでも走って走って代わりに埋められる何かを探した約束の二度目の告白を果たすために********************************「ありがとうございます。 私も好きですよ」拍子抜けするほどにあっさりと手に入ったらしい彼の心二年越しの恋は両想いで始まった……のでしょうか?温度が足りない。――――――――――――――――――――――――――――今年の梅雨は、どうやら空梅雨という予想らしい。テレビの中で、気象予報士のお姉さんが「もしかすると」を強調して話していた。初夏の気候が梅雨明け後の真夏を思わせる気温の高さで、既に日傘が手放せない。六月に入っても週間天気予報はずっと晴れの予報だった。「今日も暑そうですねぇ」アルバイトの高見紗菜ちゃんが、窓の外の陽射しを見ながらそう言った。ここ花屋カフェFlowerparcは通りに面した全面がガラス張りになっていて、陽当たりもよい。強い陽射しは通りに並ぶ街路樹が和らげてくれるが、さすがにこの頃は眩しすぎてロールカーテンを窓の半分ほどまで降ろしていた。「ああ、やだやだ。またこの陽射しのなか大学まで行かなくちゃいけないのぉ」「良かったら日傘貸しましょうか?」項垂れる彼女に、私、三森綾はくすくす笑いながら日傘の提案をしたけれど。「必須アイテムですよ!当然持ってます!それでも暑いんです」と、再度行きたくないアピールをした。確かに陽射しは防げても体感温度は余り変わらないかもしれない。アスファルトからの照り返しは直撃なわけだし、大学までそれほど遠くなくても間違いなく汗だくにはなりそうだ。紗菜ちゃんは、近くの女子大生らしい。講義の無い時間帯を選んで、割とまめにシフトに入ってくれている。作業台で撮影用の花束を作りながら話していると、紗菜ちゃんが手元を覗き込んでくる。「スィーツプレートとセットのミニブーケですか?」「そう。季節も変わるしそろそろ新しいパターンにしましょうかって、ことになって。可愛い?」今作っているのは定番のガーベラの花

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   最終話 恋するチューリップ《6》

    ことんと目の前のカウンター席に湯気の上がるカップが二つ置かれた。それに目を落としているうちに、マスターは私のいる客席側まで出てきて、スツールの一つに座り身体ごと私に向いた。私はまだ混乱して突っ立ったままで、久しぶりに間近でみる一瀬さんの顔を見ることも出来ず。手の中で、かさりと音がした。チューリップの花束を包むクラフトペーパーが、つい力の入った指先で形を変えた音だった。花束を見下ろして、ようやく思い出す。私はあの夏の約束を、守りに来たのだ。「あの……一瀬さん」「はい」「私、頑張りました。専門学校、ちゃんと卒業して」「はい、知ってます。おめでとうございます」言いたいことは、たくさんある、けど。花束から視線を上げると優しい一瀬さんの瞳と出会って、涙が溢れそうで声が震えた。「あ、ありがとうございます! それから……あ、ウェディング関係の仕事も、少し回してもらえるかもしれなくて」「それは、すごい」自分があれからどう変わったのか、何を伝えるべきなのか。焦ってしまってしどろもどろになって、また余計に混乱して。緊張して噴出した汗に益々混乱する私に、すっと手が差し伸べられた。「え……」「座りませんか。焦らなくても、ゆっくりお伺いしますから」落ち着いた声音に、誘われるように片手を出せば、軽く引かれて隣の椅子に促される。カウンターに背を向けて座る一瀬さんと店に溢れる花を眺めることができる、久しぶりの私の居場所。一瀬さんの目が店内を一周して、ほうっと息を吐く。両手を組み合わせて膝の上に置き、目が閉じられた。「卒業式の次の日には、来てくれるものかと」「え……」まさか……待っていてくれたのだろうか。驚いて見開く視界の先で、一瀬さんがゆったりと穏やかに笑い、再び目を開けた。「そろそろあなたと、こうして花でも愛でながら お茶がしたいと思っていました」漂う珈琲の香りの中で、きゅっと抱きしめたチューリップの花束が腕の中で存在を主張する。涙を堪えて震える唇が、上手く言葉を紡いでくれない。だけど私はまだ、大切なことを言ってない。俯いて、真っ赤なチューリップを両手でしっかりと持ち直す。ゆらゆら揺れる赤い花びらにぽたぽたと落ちた私の涙ごと、彼の方へ差し出して。長い長い冬の間、温め続けた想いを告げる。どうかこの赤い花を私の想いと一緒に受

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   最終話 恋するチューリップ《5》

    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――桜が咲いた。東から吹く風はまだ肌にひんやりと冷たく、薄い生地のトレンチコートの裾を揺らした。手の中では、赤いチューリップにハートカズラを覗かせた花束が私の歩く速度につられて小刻みに弾む。駅から続く、ゆるい傾斜のこのバス通りを行くのは、一年ぶりだ。緊張してドキドキして、怖いくらいなのにどうしても早足になってしまう。専門学校に通い始めて、最初の一年はまだ良かった。片山さんが居なくなって、新しいバイトの人が入って、店の空気も少し変わり少しずつ私の知らない空気が増えていくのは寂しかったけど。それでも、夕方からの短い時間でも店に勤めていられるうちは、まだ『flowerparc』の一員だと思えていた。だけど二年目からはやっぱりそんな余裕はなくなって、私はバイトを辞めその間一度もこの店には来なかった。来れば、どうしても寂しくなるのはわかっていたし。決心が揺らがない自信もなかったから。この三月上旬、漸く専門学校を卒業して、本当はすぐにでも来たかったけれど……結局、今日。三月末になってしまった。覚えていてくれるだろうか。あの店に、私の居場所はまだあるだろうか。考えれば考えるほどに不安になるけれど、一瀬さんに、見てもらいたい自分がいる。大人になれたか、埋まらない年齢差の代わりに、埋められたものがあるかどうか。自信があるとは、言えないけれど。フローリストとしての勉強を、この二年精一杯やった。結婚式場と契約している苑ちゃんの伝手だけれど、ウェディング用のアレンジの仕事も回してもらえると、昨日連絡があった。一瀬さんに、話したいことがたくさんある。全面ガラス張りの向こうはロールカーテンが降ろされていて、中の様子は見えにくい。まだ開店前の時間帯だから、扉の前にかかっているプレートは当然『close』のままだ。ちゃんと、連絡してから来るべきだったかも。この扉にまだ鍵がかかっていたらどうしよう。一瀬さんが、まだ店に降りていなかったらどうしよう。他の店員さんが、もう来ていたらどうしよう。だけど、私はずっと、再びこの店を訪れる時はこの時間だと、決めていた。緊張で震える手で、扉を押した。何かにつっかえることもなく、難なく開く扉の頭上でカウベルが鳴る。店内からふ

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   最終話 恋するチューリップ《4》

    私が大好きだったお店は、もう来週には今まで通りではなくなるのかと、こみ上げる寂しさを飲みこむしかない。ずっとあのお店で働きたい、変わって欲しくないと願ったけれど。月日が経てば人も変わるし事情も変わる。変わらない約束が出来るのは、きっと。恋や愛で繋がれた人たちだけだ。あの時、一瀬さんによって繋がれた細い糸は……恋や愛に形を変えてくれるだろうか。白い毛糸の手袋だけでは外気を防ぎきれなくて、冷えてきた指先を吐く息で温める。ふと花束が気になって、ショップバッグの中を覗き込んだ。ピンクと白のガーベラの上に、粉雪が落ちて寒そうに震えていた。来週には、三月。春と呼ばれる季節になる。私の春は、まだまだ遠い。思えばもっと他に、やり方はあったのかもしれない。例えばハタチになった誕生日に、もう一度告白しても良かった。もしも私がもっと我慢強い人間だったら、どんなに一瀬さんに呆れられてもうんざりされても、毎日毎日「好きです」と言い続けることもできたかもしれない。だけど、それでくじけない自信は私にはないし。あの日自分で言い出した約束を、守りたかった。 《私が少しでも一瀬さんに追いつけたら その時はもう一度、私の告白を聞いてください》一瀬さんに追いつけたら、大人になれたら。それはきっと、単にハタチの誕生日を迎えたからいいってものでもない。それでは私の中身は何も変わらない。きっと、私にはもっともっと自分を磨く時間が必要だった。埋まらない年の差を気にして他人を羨むよりも、背伸びできる何かが欲しかった。自信をもって彼の前に立つための、私が大きくなるためのヒール。それは単なる、私の自己満足にすぎないのかもしれないけれど。心の奥深くに、そっと埋めた恋心。今度こそ、芽吹きますように鮮やかな花が咲きますように祈りながら私は長い長い冬を越える。どうか、あなたも冬を越え今度こそ、私を見てくれますように。人との別れや、ままならない自分の想い、誰かの心。ここで、私はたくさんの温かさと切なさに触れた。変わっていくことへの寂しさや不安をただ抱えるよりも、私自身が変わることで勇気を持てる気がした。それがきっと、唯一、あなたに近づける道。

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   最終話 恋するチューリップ《3》

    今は、その時間を一瀬さんのブーケ作りの特訓に充てているわけだけど。「……綾ちゃん。にやけたまんまで自分の世界に浸るのやめてくれない」若干冷やかに聞こえる片山さんの声で、はっと我に返った。いつのまにか彼の存在を忘れて、一瀬さんとの宝物の時間に浸ってしまっていたらしい。「べ、別に浸ってません、ちょっと思い出してただけです」とワザとらしい咳払いをして言い訳すると。「いいけどねー」と拗ねた顔をして、片山さんは車を路肩に寄せる。車はもう、家の真ん前まで着いていた。「さっさと木端微塵に粉砕してくれないあんなずるい大人のどこがいいの?」「……色々酷いですよねその言い方」苦笑いをすると、「だってそうでしょ」と肩を竦めて返される。確かに、ずるいし。酷いし。こんな風に私が気持ちを温めていても、もしかしたら花は咲かないのかもしれないけれど、私はわかってしまったのだ。最初私は、雪さんの方が過去に捕らわれていて一瀬さんはそれを受け止める優しい人なのだと思ってた。本当は、そうじゃない。一瀬さんも同じように、もしかしたら雪さん以上に、過去との決別を惜しんでいるんじゃないかって。「不甲斐ないオッサンだと思うけどな」「情が深いんですよ」だって素敵だと思う、悔しいけど。それだけ、大切に誰かを想える愛情の深い人なんだ。「うわぁ、恋って盲目」からかわれたっていいもん。私は、そうすると決めたんだから。「それじゃ、送っていただいてありがとうございました。……帰り、大丈夫です?」「平気だよ、思ったほど積もりそうではないし」微笑んで頷いた片山さんに、ぺこりともう一度お辞儀をしてドアを開けた。雪はさっきまでよりも少し小ぶりの、粉雪になっていた。バタン、とドアを閉めるとすぐに、助手席の窓ガラスが降りて片山さんが助手席側まで身体を乗り出して、窓から私を見上げていた。「綾ちゃん、俺来月からもう店にはいないけど……」「えっ? 四月からじゃないんですか?!」驚いて私も身体を屈ませた。車のドアの窓に、白い手袋の手をかけて車内を覗き込む。「その予定だったんだけどさ、色々準備もあるし、向こうの店も早めに来て欲しいっていうからさ。三月一日から行くことになった」「三月一日って……もう来週じゃないですか!」「後輩にちゃんと引き継ぎは済ませてあるからさ、綾ちゃんの大事

  • 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー   最終話 恋するチューリップ《2》

    近頃毎朝、一瀬さんと一緒に開店時間前にブーケ作りの練習をしている。うちで出るブーケは大抵スィーツセットのミニブーケだが、それは季節ごとに花の種類を決めて四パターンから選択するようになっているから問題ない。だけどお客様からオーダーされた場合の花の合わせ方は、不安が残る。こればっかりは経験とセンスだし、色んな組み合わせを自分で考えて実際に作ってみるのが一番だ。なので、毎日一つ、一瀬さんに自分で考えてもらった花束を作ってもらうことになった。「え、もしかしてそれ、マスターが作ったってこと?」「そうです! 可愛いでしょう?」はっきり言って私は役得だ。当分の間、毎日一瀬さんから花束をもらえることになったんだから。「へー……なんとかなるもんだね。ここんとこマスターまで朝早く店に降りてるのは、その為かあ」「なんとかなると思います。一年目は夕方には私もお店にいるし……二年目は多分、学校の方に専念させてもらいますけど」春までひと月ほどあるし、それまでに毎日作っていれば、急なオーダーの時にも対応できるんじゃないかと思う。話しているうちにいつの間にかヒーターが効いて、車内の足元は随分温かい。ふと窓の外を見ると、相変わらず雪が視界を埋め尽くしているが家の近くまで戻ってきているのはわかった。「ってことはさ。卒業したら?」「勿論、またフルタイムで働かせてもらうつもりです。マスターが了承してくれたら、ですけど」「マスターだってそのつもりでしょ。だから自分がブーケ作るって言い出したんじゃないの」「えっ?」「綾ちゃんの場所ちゃんと残しとく為じゃないの?」あ……と、思い当たる節に顔を上げた。新しいバイトの子は、できるだけホールに専念してもらいますから、と一瀬さんが言っていた。勿論、その子が長く勤めてくれれば、ずっとそういうわけにもいかないだろうけど。「そうだったら、嬉しいな」もしも一瀬さんが本当にそう思ってくれたなら。にへにへと顔が緩むのがこらえられなくて、両手で頬を覆っていると運転席から「あーあ」とわざとらしい溜め息が聞こえた。「綾ちゃん、振られたって言ったくせに。なんか、そのあとの方がいい雰囲気なんじゃないの?」「えええそんなことはないですよ」「顔緩み過ぎじゃない?」呆れた声でそう指摘され、きゅっきゅっと自ら頬を手で押さえて誤魔化した。あの

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status